エムイー・ボックスとしてのスタンス【前編】

――― 非常時だからこそ、アート教育は手放さない ―――

 

コロナ禍ではグローバル社会における負の側面が浮き彫りになっただけでありません。諸外国では休校中でもオンライン授業が実施されたのに対し、日本の公教育はストップしてしまいました。 エムイー・ボックスでは、子どもの数ヶ月は大人の年単位に値するから何としても続けていきたい、 アート教育はこういう時ほど力を発揮するものだと感じて欲しい、との理由から感染防止に努めながらレッスンを続けてきました。現在までお休みのかたが一人もおられないのは保護者の皆様のご理解ご協力があったからです。本当にありがとうございます。

 

そこで今回は、当教室のスタンスについて、前編と後編の2回に分けてお話しすることにしました。 前編では、脅かされる自由と学びの権利、子どもの教育問題を見ていきます。後編では、アート とは何か、今なぜアートなのかについて具体例を交えながらご説明いたします。

 

私はこれまで政治の話題は避けてきましたが、今回はそうも言っていられません。感染症対策では政府の対応に憤り呆れ、子どもの学ぶ権利に至っては諦めちゃってる人達もいるくらいです。私の今一番の気がかりは、社会に不安が広がることで皆が自分で何も考えなくなることです。ある日突 然自粛せよと言われると、武装した警官や兵士が市民を見張らなくても、自分で自分を、人が人を、 いとも簡単に監視してしまう社会でいいのでしょうか。幸せオーラ出しちゃいけない、楽しんじゃいけないみたいな不自由さが蔓延してはいないでしょうか。ここで重要なことは、私たち自身の幸せを他人や社会に決めさせないことです。誰にも収束時期がわからない中で、政府やマスコミの報道に一喜一憂する愚かなこと、もう終わりにしませんか。

 

このたびの見えない脅威は、何を考えどう決断するのか、本当に大事なものは何かという、人としての本性が試される貴重な機会を与えてくれたともいえます。そういえばコロナ疲れのお母さんたちとは対照的に、子どもはいい顔していました。時間を気にすることなくボーっと過ごす、ベタ ベタお母さんに甘えることが、小さな子どもにとってはある意味、命より大切なものなのかもしれ ません。これを機に、親は仕事、子どもは学校と塾と部活で子守りしてもらって安心という、これまでの親と子のあり方についても、考え直してみませんか。

 

そもそも当教室は、命令されたり競争させられたりしない、何かのためにやるものでもない、自由なアートの時間こそが人の一生を幸せにする、というミッションのもとスタートさせた経緯があり ます。子どもの教育を、その場限りのビジネスと同じように考えている親への危機感からでした。これほど目まぐるしい変化の時代にあって、受験で一生が保証されるわけでもないのに、いまだに非常に短いスパンでしか子どもの教育を捉えられていません。教育現場においても、子どもの一生に責 任を持つぐらいの覚悟で取り組む人たちの何と少ないことでしょうか。子どもの特性を理解せず、 過度の知能/知育教育をした結果、どこかで見聞きしたウンチクを語ることは出来ても、簡単な思いさえ伝えられない子どもがいます。本当の気持ちと発せられる言葉に乖離が生じています。

 

ピアノレッスンでのひとコマです。「せんせい、時間なかって練習でけへんかった」「えっ、君だけ 1 日 24 時間なかったってこと?そりゃ大変だ!」「それが…そうちゃうねん、あの…ゲーム…」「なんや、そうやったんか、よかったよかった、あのな、先生は練習サボっても怒ったりはせえへん。 でもな、ごまかしたりウソついたらあかんで」ほんの些細なでき事といえばそうかもしれません。 しかし、生徒にストレスを与え、体裁を繕うためのウソやごまかしばかりが上手な子どもを育てるようなことは絶対にしたくないと考えています。本当の自分と頭にある小難しい理屈とのギャップに押しつぶされそうな、大人仕立ての子どもたちがいます。このような子どもたちが大人になり子育てするというサイクルが繰り返される限り、心からの言葉で話せない人々が増え続けることにな るでしょう。

 

私自身 47 年の指導のなかで常に心がけてきたことは、浸透した常識や価値観を疑うこと、自分が信じているものにも疑いの目を向けることでした。自由な発想を妨げるもののひとつに、自分の経験に基づく思い込みがあるからです。ただし、ここでいう疑うこととは、懐疑的になってそれで終わり、ということではありません。問うこと、その裏にある仕組みや意図について考えること、これはアート思考ともいえる、すごくポジティブな営みだと考えています。この思い込みを問うことができれば、異なる視点が生まれ、新たな世界が見えてきます。先行き不透明な時代であればなおさら、これまでと違うものの見方や考え方も重要になってくると思います。 後編】に続く→